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遠くまで

35歳になった。

会社への道すがら、ずいぶんと遠くまで来たものだなあと思いながら、今までにそんな気分になった3つの場所のことを思い出す。

西船橋駅、カサブランカアスンシオン

西船橋は、小学生の頃初めて自分一人で電車に乗って出かけた先だった。当時住んでいた京成線で船橋まで行って、国鉄に乗りかえて東京駅に向かうつもりだったのだけど、西船橋の駅の跨線橋から貨物の留置線を見たとたん、駅の大きさに恐怖を感じてそれ以上行けなくなってしまったのだった。

カサブランカは20代の時だ。一人でほぼ最初の海外旅。スペインからモロッコに渡って、深夜に列車でカサブランカ駅に着いた。これは今になっても本当によく思い出すのだけれど、どこか道沿いに宿でもあるだろうと思って路線バスに乗ったら、ひどく揺れるバスは街を猛スピードで走り出し、客はどんどんいなくなり、最後に自分だけが降りるタイミングを失っていった。オレンジ色の薄暗い街。「旧市街」と何度言っても通じず、どこに連れて行かれるのか分からないままバスは夜の闇を疾走するのだった。

最後のアスンシオンはウルグアイの首都だ。2年ほど前だったか、アルゼンチンのブエノスアイレスから船とバスを乗り継いでこの街に着いた。休日だからか、首都なのに街は人もまばら。どっしりした建物、海に向かって下る坂と夕日を見ながら歩いていると不思議に感傷的な気分になる。日本からみてちょうど地球の裏側に位置するこの場所に対して、しみじみと遠くまで来たなあと思ったのだった。

それぞれが十代、二十代、三十代の時の話なのだが、十代はまだまだ先があることが分かっているのに遠さを感じた。二十代ではなんだかよく分からず疾走していた。そして三十代は確かに遠い、でもどこか余裕があって感傷に浸るような、その一方でどこか覚めているような気分なわけだ。

まあ本当に遠くまで来た。でも、この先の遠さがどんなものか少し楽しみだ。